皆さんこんにちは。
まずはblogを再開するにあたり、3月11日の事を。
「いつもの様に」診療を行っていた傍らのモニターの画面。衝撃的な映像が私の目に飛び込んできました。
大きな船(タンカーでしょうか)が巨大な波に飲まれそうになり、木の葉の様に大きく揺れている。船尾に書かれたその船の名前がはっきりと読み取れる程、鮮明な画像でした。しかし、それはまぎれも無く今現実に起きている事。その船の船長、乗務員の御家族はこの画像をご覧になっているのだろうか?その方々の心境を考え、胸が張り裂ける思いでした。まだそれが始まりに過ぎない事を、この時は未だ理解出来てはいませんでした。
数分たったでしょうか、お待ち頂いている患者さんがいらっしゃるので、兎に角診療に戻りました。
そしてその後、診療の合間合間に目にするニュースで、この日、この瞬間に我々の国で起きている、言葉では形容出来ない事態を知る事となりました。
震災翌日。
診療開始前にクリニックのスタッフ全員に集まってもらい、皆で黙祷を捧げました。辛うじて伝えられた言葉は「皆、同じ様に辛く、哀しい気持ちだと思います。しかし今は目の前にいらっしゃる患者さんに対し、精一杯の診療を行っていきましょう。そして、今後出来得る事を少しでもやっていきましょう。」こんな内容だったと思います。
なんとも形容しがたい心を抱きながら、私もスタッフも「いつもとは違う」一日が始まったのです。
その後しばらくは、多くの方々と同じ様に塞ぎ込む心をいかんともし難く、それでも心を奮い立たす様にして、「いつもの様な日常」を過ごす努力をしていました。無論、もう二度とあの3月11日以前の「いつもの様な日々」などは無いのだと解っていても、我々被災地以外の人間はせめて,その努力をしなければならないと考えました。
その他に、私に出来る事。
歯科医師会や商店街などを通じ義援金を送らせて頂く事。震災翌日より哀悼の意を表したく、夜間の看板を一週間消灯する事。
その他は…一生懸命に診療を行い、可能な限り日常に近い生活を続ける事。それが今の私に出来る普遍的で息の長い支援。被災された方々、それらの街、そしてこの国にささやかでも貢献出来る事なのだと考えました。
最後になりましたが。
「今回の震災で数多くの尊い命が奪われました。その全ての皆様に心よりご冥福をお祈り申し上げると共に、被災地の早期の復旧、そして復興を願い、私に出来得る事を精一杯行わせて頂きます。被災された皆様方に一刻でも早く元気と笑顔が、そして日常に近い生活を取り戻す事が出来ます様、心よりお祈り申し上げます」
小島 潔 拝


